セッションを終えた後、「今日は何が視えましたか?」と尋ねられることがあります。
施術者としてこの質問はとても興味深く、同時にいつも少し立ち止まって考える瞬間でもあります。
今回は、施術者が「感知する」とはどういうことなのか、そしてなぜその全てをそのままお伝えしないのかについて、書いてみたいと思います。
「視える」とは、特殊な力ではなく技術
BBSH(Barbara Brennan School of Healing)1でのトレーニングでは、ハイセンスパーセプション(HSP:High Sense Perception)2と呼ばれる知覚の使い方を、何年もかけて学びます。
これは、いわゆる「霊感」のようなものとは異なり、訓練によって育てられる知覚のスキルです。
HSPという言葉が指すのは、「視える」という現象だけではありません。
通常の五感(視覚・触覚・嗅覚・聴覚・味覚)が届く範囲を超えたところで働く知覚の総称であり、感じ取る窓口は人によって、また場面によってさまざまです。
色や形として視覚的に受け取ることもあれば、手のひらの感触として触覚的に、あるいは匂いや音、時には味のような感覚として受け取ることもあります。
具体的には、クライアントのエネルギーフィールド3の色や質感、滞り、動きの速さなどを、視覚的なイメージや身体感覚、匂いや音のようなものとして感じ取ります。
訓練を積むほど、その解像度や語彙が豊かになっていく類のものです。
なぜ感知したことをそのまま伝えないのか
BBSHでは、施術者が感知するものには、比喩的・象徴的なものと、より直接的(リテラル)なものの両方があると教えています。
たとえば「ここに重さがある」と感じ取ったことが、そのまま身体の状態と重なることもあります。
それでも、施術者が感知したことをそのまま詳しくお伝えすることは少なくしています(絶対にしない、というわけではありません)。理由は、施術者自身の主観が、気づかないうちに知覚の中に入り込んでしまうことが少なくないからです。
また、同じ感覚を受け取っても、それをどう言葉にするかには、施術者自身の経験や思考の癖、その日の状態などが無意識に影響します。
BBSHの教育の過程で施術者の主観がHSPを通して感知した情報に過度に影響しないよう、ヒーリングテクニックとともに内面の探求を深め自分の弱点と強みを同時に意識化していきます。
それでも施術者の主観を完全に排することは難しいと言わざるを得ません。
象徴的なものであれ直接的なものであれ、完全にニュートラルな形で受け取り、伝えることは難しいのです。だからこそ、感知した内容をお伝えする際には、それが施術者というフィルターを通ったものであるという前提を、施術者自身が持ち続ける必要があります。
もう一つの理由は、先に解釈をお伝えしてしまうと、クライアント自身がご自分の内側の感覚を確かめる前に、施術者の言葉に引っ張られてしまう可能性があるということです。セッションの主役はあくまでクライアントご自身の体験であり、施術者の見立てはそれを補うための一つの材料に過ぎません。
主観というレンズを通して
そしてもう一つ、重要な点があります。
それは、施術者が感知するものは、象徴的なものであれ直接的なものであれ、施術者自身の意識や経験、トレーニングの背景というレンズを通して受け取られているという自覚です。
同じ場に立ち会っても、施術者が違えば感知するものも変わります。これは能力の優劣ではなく、誰もが持つ知覚の性質です。だからこそ、施術者が感知したことは「唯一の真実」ではなく、「一つの視点」として扱う必要があります。
私自身、セッション中に何かを感じ取ったとき、それをすぐに答えとして扱うのではなく、「これは私というフィルターを通った、一つの情報だ」と一度置いてみるようにしています。
その上で、クライアントご自身の感覚や反応と照らし合わせながら、セッションを進めていきます。
セッションの中心にあるもの
セッションの成果を測るものは、施術者が何を感知したかではなく、クライアントご自身の中に起きた変化や気づきです。施術者の知覚は、その道のりを照らす一つの灯りではありますが、道そのものではありません。
「今日は何が視えましたか?」と聞かれたときにお伝えする言葉が控えめに感じられることがあるとしたら、それはこうした理由からです。ぜひ安心して、ご自身の内側の感覚を一番の手がかりにしていただければと思います。
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