BBSH復学〜AS 3卒業までの記録を、旧ブログから再編集してお届けしています。
他の読みものとは異なり、時系列に沿った連続もの(シリーズ)です。
5回目は渡航の過程や渡航や復学に際して起きた細々とした出来事、復学のためのスキルチェックにつて書いています。
いよいよClass 1のためにアメリカへ。
単独での海外渡航経験がないために復学後しばらくは航空券手配を旅行会社にお願いしていた。
パスポートは復学前年に韓国でのアート展に参加する話がでていたので所得済みだった。
旅行会社の方にはそもそもセント・オーガスティンに行くにはどの航空会社を使っていけばいいのかから相談していたくらいに海外渡航について私は素人すぎた。
格安航空券を使うほど旅慣れていないのと、目的はClassに参加することなので王道のJAL(とアメリカン航空)を使って中部国際空港から成田、ダラスフォートワースを経てセント・オーガスティンに向かうことにした。
セント・オーガスティンでのClass1は、解剖生理学の授業と編入試験が加わったために10泊の滞在。
滞在中の心配は食事だったが、車を借りていた日本人の先輩に連れて行ってもらい、現地の大きなオーガニックスーパーで新鮮な野菜や果物を調達し、持参したパックご飯と旅行者用の鍋で調理していた。
肉エキス入りのものは持ち込めないとネットで調べてベジタリアン用のラーメンや味噌汁を持参したが、日本人の先輩たちはもっとおおらかに対処していた。
部屋には大きな水道のついたカフェコーナーがあり、ありがたいことに冷蔵庫もついていたのは助かった。
写真は椎茸だしをとって鍋でお雑炊かなにかを作ろうとしていたところだと思う。
到着した夜にホテルのメンテナンスで断水があり、25時間以上の移動でどろどろになった体を一瞬しか洗えなかったのが初日。

Class 1の間に、身近なものをいくつかなくしたり壊したりした。
ダラスの乗り継ぎでセキュリティチェックを通ったとき、トレーに置いたカイヤナイトのリングを回収するのを忘れ、BBSHJの頃からクラスに連れてきていたオパールオブシディアンの天使の石は、誕生日の朝に机から落として翼の部分が折れた。
起きたことは「物をなくした」「物を壊した」それ以上でもそれ以下でもないことに感情が揺れていた。
とにかく、Class前後も含めてこの期間は敏感な状態になりやすく、内面のプロセスが始まる、あるいは進む。
とりわけYear 1,2の間はその振り幅を自分で抱えられず圧倒されることもあった。

BBSHJのときは通訳がついていたが、本校では当然すべて英語。
年間7回提出する宿題・DLM(ディスタンス・ラーニング・モジュール)も英語で書かなければならない。
内面探求を伴う課題ということもあって作業はなかなか進まなかった。
その内面探求について書いておきたい。
DLMで問われるのは技術の習熟度ではなく、ひたすら内観の言語化。
「そのときあなたはどう感じましたか」
「その出来事はあなたに何を想起させましたか」
「どんな防衛を使いましたか」
そして心理的な問題にアクセスするとき、身体も連動して痛くなる。
Year1のときは立っていられないほどだったこともある。
復学する前数日は上半身がずっとだるかった。
肩こりとかではない種類の重さ、痛みで、数年前とはいえYear 1で随分と経験してきた体感と同質。
今から思うとこれは自分の内面での出来事に対するわたしのエゴの抵抗が身体症状として現れたものだとわかるのだが、当時はその痛みが自分の防衛・抵抗によるものとは思いもよらず、痛みに新に対抗する悪循環に陥っていたと思う。
抵抗もしつつ、痛い痛いといいながらそやめないのは、「これをやらないと死ぬときに後悔する」とうすうす感じているからだ。
だから一時的に逃避してもまた「そこ」に戻ってくる。
Teacherやメンターはそんな自分を気長に忍耐強く待っていてくれた。
Year1のあとには、アトピー性皮膚炎で腫れていた顔が普通の人のそれと変わらない程度になっていた。
症状だけではなく見た目もかなり変わってしまったらしく、何人かの人には私と認識されないこともあった。
BBSHあるあるである。
復学後1回目のClassの後はなぜか身長が伸びていた。
自分の個人的な感覚でそうだったのではなく、実際に職場の同僚にも「背、伸びました?」と訊かれたので気のせいではない。すぐに元に戻ったのであのときにもう少し経過を確認しておけばよかったと少し後悔している。
内面での何かが動くと身体レベルに常識を超えたスピードで影響が起きる。
その現象をこのあと幾度もも体験した。
スクーリングが終わった最終日、先生から「このクラスが終わったあとに、すぐ人生の重大な決定をしないでください」という忠告があった。
BBSHのスクーリングのあとは学生は意識がかなり拡大した状態にある。
その後、縮小の方向に向かうのはサイクルの必然で、元の状態に戻るわけではなく、螺旋階段を下りるようにゆっくりと深く下りていく。
Year 1のときにこの忠告を受けたときは理解できなかったが、今は深くうなずける。
Classが始まる前にあらかじめ連絡を取り合っていたYear 1の学年主任によりYear 1のスキルが身についていると判定され、無事Year 2に合流することができた。
そのときにチェックされたのは、ヒーリングサイエンススキルとしての丹田グラウンディング、チャクラスピンだったと記憶している。
ほんの数分前に初めて会ったばかりの外国人Year 1ディーンと一対一で久しぶりの丹田グラウンディングとチャクラスピンは緊張せずに行うことができたのは意外だった。
※現時点(2026年)で日本校の復学にあたってのスキルチェックは行われていない。

(スキルチェックを受けた教室の様子)