BBSH復学〜AS 3卒業までの記録を、旧ブログから再編集してお届けしています。
他の読みものとは異なり、時系列に沿った連続もの(シリーズ)です。
6回目はYear 2で学ぶヒーリングスキルとエネルギー的コンテナの関係について触れます。
Year2で習うヒーリングのうち特に有名なのが、アストラルヒーリングとタイムカプセルヒーリングだ。アストラルヒーリングはタイムカプセルヒーリングの前提となる。アストラルレベル=第4レベルは、人や感情を持つ存在がうずまく、良きも悪しきもあるレベル。この第4レベルを中心的に扱うYear 2が自分には大層おそろしい学年との印象をもっていた。感情、非構造体のどこにいくのかわからなさがどうも苦手で居心地が悪いと感じていたからである。
ホメオパシースクール時代、卒業のためのセッションのお相手を探すのにとても苦労した記憶がある。一方復学後のDLM1のためのヒーリングにはクライアント役を買って出てくださる方に困らなかったことは大変ありがたかった。学生は対面でのヒーリングセッションしかできなかった時代だったがそれなりに必死にお声がけさせてもらったのはもちろんとして、お声をかけた結果、クライアント役を引き受けてくださる確率は高かったように思う。当時はまだこの手の業界が日本では未開拓だからこそ、偏ったジャッジメントなしに受け容れてもらえているのかもしれない。スピリチュアルバブルがもはや崩壊した段階にさえある現在だと状況は違ったかもしれない。
ライフパルスという概念がある。全ての物事、事象には「拡大→静止→縮小→静止」のフェーズがある。スクールにもライフパルスがあるし、ヒーリングセッション一つとっても同じリズムがある。このコンセプトはBHS2の重要な概念の一つでYear 1から学ぶのであるが、アストラルヒーリングを学んだClassが終わって最初のセッションをこなしながら、ライフパルスの各フェーズに乗っていく感覚が少しずつつかめてきた感覚があった。苦手な非構造レベルに身を置く中で自然と慣れていったと言った方がいいのかもしれない。
学生も教師も多国籍のスクールに身を置いて気づいたことがある。自分が結構な愛国者だったということだ。仕事も趣味も気づけばいかにも日本的な世界観のものばかりだが、日本的なものが好きだからそれらを始めたわけではなく、好きなものを選んだらこうなっていただけだと思っていた。ところが海外でしばらく過ごすうちに、自然に「どうしたら日本を良くすることができるか」という壮大な問いが湧いてきた。英語も不得手、慣れない環境にいる自分は隣の人のことさえも気に掛ける余裕などあるはずもないというのに、これは奇妙な感覚である。外国で差別的な扱いを受けたわけではない。むしろ皆友好的で親切だった。それでも、自分が何者であるかを支えているものの輪郭が、異国にいることで初めてくっきり見えてくる。雅楽も箏曲も、好きだから続けているだけのつもりだったが、それらが自分のアイデンティティの核にあったのだと、アメリカの大地の上で気づいた。
Year2は「自分のコンテナを大きくする学年」だと先輩や先生方はしばしば仰っていた。そのただ中にいると、何をもってそうしているのかがわかりにくい。ただ、この頃は「いつものやり方でもいいけど、ちょっと違うアプローチをしてみない?」という声がしきりに聞こえてくるようになっていて、「その声に従ってみようか」という自分がいることにも気づいていた。
Year2が扱うのは第4チャクラと第4レベル、他者に対する感情のレベル。喜怒哀楽、心地のいいものも悪いものも含む感情はカオスそのもの。しかし、良いものだけを選んで悪いものを見ないようにするのは抑圧であって、いずれ病気などのかたちで噴出する。何が起きるかわからないカオスに開いていくことで新しい可能性に出会っていく。このカオスの中で自分の否定性と肯定性をみつめ、ホールドする経験を通じてエネルギー的コンテナは大きくなり、次の学年である第3学年で扱う高次元との関わりの土台となる。3回目のスクーリングに向けて風邪を引きずったまま出発。パッキングはもはや手慣れたもので、思考が鈍っていてもすんなりと遂行できるようになっていた。
Year 2のClass 3では「タイムカプセル・ヒーリング」、過去生にアクセスするヒーリングを学ぶ。その人が押さえ込んでしまった未完了の感情やそれにまつわるエネルギーの集積を取り扱う、興味深いスキルだ。何が起きるやら、と未知のものに対する不安を感じていたと思う。
Class中の昼休み、部屋のクリーニングが入っていたので同級生と外へ食事に出た。まだこの頃は外食店で供される一皿、一人前の量の多さに驚いていた。一方で、選択肢が幅広いとも感じていた。それはスーパーの売り場を眺めたときにも感じたことだ。様々な背景を持つ人たちが集まってきた国だから対応力が違う。そしてこちらの対応力も鍛えられる感覚もある。
「偏見なき観察者」というのはホメオパシーの創始者サミュエル・ハーネマンが掲げた理想のホメオパスの状態だが、BHSのセッションでも同じことが言えると思う。セッション中に感じ取ったことを誠実に説明するだけで、過去に何があったからとか、これからどうなった方がいいとか、そういう話ではない。ただ今、目の前にある真実をクライアントと共有するだけ。目の前に提示されたものををジャッジせずに受け取ること。
そしてDLMとの格闘も絶賛継続中。年間7回の宿題のうちClass 3の後、Class 4までには6つめの宿題を提出する。このときは1ヶ月かかって仕上げても締め切りを2日過ぎてようやくの提出だった。セッションのレポートに加えて課題図書の設問に答え、英語に直し、入力する。BBSH史上最強に英語ができない生徒だろうと思いながらも、なんとか踏ん張っていた。担当の先生から受け取りのメールが届いて、ようやく一区切り。
DLMの提出が終わると次のClassへ向けての準備が始まる。